インド医学はアーユルヴェーダ「Ayurveda」と呼ばれ、寿命を意味する「Ayus」と知識を意味する「veda」の複合語であることから、「生命の学問」と翻訳される。
単に病気を治すのではなく、生命にとって何が有益で何が不益であるか、さらには幸福な人生、不幸な人生とは何かまでを追求する。

アーユルヴェーダはBC1,000年頃、遊牧民族のアーリア人がガンジス河下流域に進出し、古代インダス文明の担い手であったドラビダ系の民族と融合した時期に、『アタルヴァ・ヴェーダ』の副ヴェーダとして展開したとされる。

アタルヴァ・ヴェーダには呪術、魔法に用いられた呪文や祈祷句が集録されており、その中に治療を目的とする呪文も含まれていた。
アーユルヴェーダもその起りは呪術的、経験的であったことから、アタルヴァ・ヴェーダに準ずるものとされたのである。


1) 健康の概念
アーユルヴェーダの独特な理論によれば、人体はドーシャ、ダートゥ、マラの3要素からなる。自然界は5つの元素(マハーブータ)すなわち空、風、火、水、地からなり、空と風の元素からなる(性質をもつ)ヴァータ、火と水の元素からなるピッタ、水と地の元素からなるカパの3体液が人体を巡っている。
これら3体液をアーユルヴェーダではトリ・ドーシャと称する。

ほとんどの人はどれかのドーシャが優勢になっており、わずかな不均衡がその人の体質を特徴づける。体質は個性を示すと同時に病気への罹り安さも表している。

3つのドーシャはさらに15のサブドーシャに分けられており、それぞれ存在場所と機能が決められている。

疾病は15のサブドーシャの機能の悪化がもたらす3つのドーシャのバランスの崩れとも捕らえることができ、一般にヴァータの不均衡は呼吸器系疾患、精神・神経疾患、循環器障害をもたらし、ピッタの不均衡は消化器系疾患、肝・胆・膵疾患、皮膚病を、カパの不均衡は気管支疾患、糖尿病や肥満、関節炎、アレルギー症状をもたらす。

このトリ・ドーシャは時間軸でも変動するとされ、1日で見ると朝(6時〜10時頃)はカパ、昼(10時〜14時頃)はピッタ、午後(14時〜18時頃)はヴァータがそれぞれ優勢になり、その後夕方から翌朝まで4時間毎に、カパ、ピッタ、ヴァータの順で優勢になる時間帯が変わる。

一年においても、原則的に春はカパが悪化し、夏はヴァータが蓄積、秋はピッタが悪化し、冬はカッパが蓄積し、雨期はヴァータが悪化し、ピッタが蓄積する。

人の一生においても若年期はカパ、青壮年期はピッタ、老年期はヴァータが増大するとされる。

ダートゥは身体を維持するために必要な身体構成要素で、乳び(体液)、血液、筋肉、脂肪、骨、骨髄、精液の7要素からなる。

マラとは汗、尿、便による排泄物を指す。アーユルヴェーダでいう健康とは、トリ・ドーシャの均衡が保たれ、7つの組織が正常に機能し、人体の老廃物が順調に生成し排泄される状態である。さらに、意思、五感、真我が幸福に満ちているという条件が加わる。
2) 疾病の診断
アーユルヴェーダの診察は問診、視診(望診、聞診を含む)、触診(切診)により行われる。詳細には、脈診、尿検査、糞便検査、眼球の検査、舌の検査(舌診)、皮膚の検査、爪の検査、肉体的特徴の観察により診断が下される。

脈診は、医師の右手の示指、中指、環指を使って行われ、患者の橈骨動脈の脈を、強く及び弱く圧することによって、深部及び浅部で診る。できるだけ早朝空腹時で沐浴後に行うのがよいとされる。
患者が男性の場合は右手の脈、女性の場合は左手の脈が診られる。

ヴァータの状態は示指に、ピッタの状態は中指、カパの状態は環指に触れる脈に反映される。ヴァータの典型的な脈は蛇のようなニョロニョロした動的な脈または鉄線のような脈、ピッタの典型的な脈は蛙のようにピョンピョンと跳ねるような脈、カパの典型的な脈は白鳥のようなゆっくりとした力強い脈、トリ・ドーシャがすべて悪化している状態ではキツツキがつつくような脈であるとされる。

深部の脈は先天的な体質を反映し、浅部の脈は現時点のドーシャの状態を表しており、両者を比較することによって不均衡になっているドーシャを診断する。

尿検査では早朝尿が検査の対象になり、2段階で検査が行われる。始めは、そのままの尿について色や透明度を検査する。ヴァータが優勢な時は薄黄色で油状の外観を持ち、ピッタが優勢な時は黄色味が強く赤や青色がかって油のように見え、カパが優勢な時は白くて泡が多く淀んでおり、トリ・ドーシャがすべて悪化している時は尿が黒みがかる。

次に、尿に1滴のゴマ油を摘下して、油の広がり具合、動く方向、広がった後の形状などを観察する。ヴァータが優勢な時は蛇、ピッタが優勢な時は傘、カパが優勢な時は真珠の形状になるとされる。

舌の検査では、舌が冷たく粗く亀裂がある場合はヴァータの悪化、舌の色が赤いか紫色の場合はピッタの悪化、白苔がある場合はカパの悪化、舌が黒く刺があるように見える場合はトリ・ドーシャがすべて悪化していると判断される。


3) 治療方法
アーユルヴェーダの治療には大きく分けて2つがあり、1つは増大した病因要素〔ドーシャ、アーマ(未消化物)、マラの要素〕を排泄、浄化する減弱療法(排出療法)で、残りの1つがドーシャのバランスを食事、薬、調気法や行動により元に戻す緩和療法(鎮静療法)である。

減弱療法ではパンチャカルマと呼ばれる経鼻法、催吐法、瀉下法、浣腸、発汗法からなる浄化療法が有名で、これが種々の病気の根本療法であるとされる。

食事でドーシャのバランスをとる場合、ヴァータ、ピッタ、カパがそれぞれ優勢な時にゴマ油、ギー、蜂蜜が与えられる。

一方、治療法はダートゥに対する効果によって2大別される場合があり、これには過剰に溜まった組織要素を消費させる絶食療法と減少した組織要素を補う栄養療法(滋養療法)がある。

さらに、乾燥法、発汗法、油剤法、動きを止める療法(止血など)の4つの方法を加えて計6つの方法がとられる。

アーユルヴェーダで行われるあらゆる薬、食事、飲み物、摂生法はこれら6つの方法に分類される。

薬として天然に由来する動植鉱物からなる生薬が用いられる。アーユルヴェーダで使用される生薬は約2,000〜2,500種類あるが、これらの生薬には各々特徴的な薬効(カルマ)が存在する。

それと同時にトリ・ドーシャに対する作用、ダートゥへの作用、ある種の生薬ではマラへの作用も各々決まっている。

食物や飲み物も生薬に準ずる。これらの薬効を決めているのは、生薬の味(ラサ)、薬力源または潜在力(ヴィールヤ)、属性(グナ)、及び消化後の味(ヴィパーカ)で規定されるトータルの能力である。

味は2つの元素が結合して生じたものとされ、甘(地と水)・酸(水と火)・鹹(地と火)・辛(風と火)・苦(風と空)・渋(風と地)の6種類からなる。

薬力源には温・冷・温でも冷でもないものがある。属性には寒・熱・油・乾・重・軽・鈍・鋭の8種類またはこれに滑・荒・固・液・軟・硬・静・動・微細・粗・粘凋(濁)・清澄(純)を加えた20種類がある。

消化後の味には甘、酸、辛があり、消化中にこの3段階の順で変化する。生薬の味はドーシャへの作用の仕方に、薬力源はドーシャへの作用と個々の薬効に、代謝後の味は生薬の味や属性と関連しながらドーシャ、ダートゥ、マラへの作用を規定する。

疾病には原因(ドーシャの悪化)があり、症状(炎症、浮腫など種々がある)と属性を有しているので、それらの治療にはそれぞれのドーシャのバランスをとる生薬、症状を治す生薬、反対の属性をもつ生薬をその時々で考えて使用する。

これらの生薬は単味で用いられる場合もあるが、処方(ヨガ)にされる場合も多い。処方には通常名前が付けられており、それらは処方箋に書かれている最初の生薬に基づいて、処方の考案者の名前によって、処方に配合される生薬の数または生薬の割合に基づいて、あるいは処方の治療効果に基づいて命名される。

これらの処方は種々の剤形で用いられる。
主な剤形には液剤(スヴァラサ)、焙焼搾汁液(プタパク)、散剤(チュールナ)、茶剤(パーンタ)、煎剤(クヴァータ)、練剤または ペースト(カルカ)、乳剤(クシーラ・パーカ)、冷浸剤(シータ・カシャーヤ)、舐剤(アヴァレーハ、
プラーシャ、カンダ)、油剤または薬用油(タイラ)、薬用牛酪油(グリタ、ギー・グリタ)、酒製剤(アーサヴァとアリシュタ)、丸薬(ヴァティー)または錠剤(グティカー)、大型の丸薬(モーダカ)、長効丸薬(ヴァルティー)、灰化エキス剤(クシャーラ)、焼成(バスマ)、宝石の粉末剤(ピシュティー)、金属から調整される製剤(ポーッタリー)、鱗片製剤または鱗状剤(パルパティー)、昇華法で調剤された薬(クーピーパクヴァ・ラサーヤナ)、眼薬またはコリリウム(アンジャナ)、蒸留法による製剤(アルカ)などがある。
4) 医 典
 『チャラカ・サンヒター』:チャラカ(2世紀頃カニシカ王の侍医をしていた人)著。内科学を主体とした書で、スートラ・スターナ(治療手段、食事療法、医師の義務等に関する総論)、ニダーナ・スターナ(8種の主要な病気について)、ヴィマーナ・スターナ(味覚、栄養、一般病理)、シャリーラ・スターナ(解剖学、胎生学)、インドリヤ・スターナ(診断学、予防診定)、チキツァー・スターナ(特殊な治療法)、カルパ・スターナ(一般治療学)、シッディ・スターナ(一般治療学)の8篇から構成される。

 『スシュルタ・サンヒター』:スシュルタ(4世紀頃の人)著。
本書はスートラ・スターナ(総論)、ニダーナ・スターナ(病理学)、シャリーラ・スターナ(解剖学、胎生学)、チキツァー・スターナ(治療法)、カルパ・スターナ(毒物論)、ウッタラ・タントラ(補遺: 眼科学その他)からなり、ヘルニア、白内障、形成外科などの外科を論じていることに特徴がある。

 『アシュターンガ・フリダヤ・サンヒター(八支心髄集、医学八分科精粋便覧)』:ヴァーグバタ著。7世紀にヴリッダ・ヴァーグバタ(老ヴァーグバタ)により編纂された『アシュターンガ・サングラハ』を継承した書。
次の8分科(アシュターンガ)が示される。
(1) 一般外科学(異物の摘出。腫瘍及び膿瘍の治療)、
(2) 眼科・耳鼻科学(外部器官―眼科、耳鼻科など―の病気の治療)、
(3) 内科学(身体全般における病気の治療)、
(4) 精神医学(悪魔に取り憑かれた病気の治療)、
(5) 小児科学(小児病の治療、分娩産褥期の保護など)、
(6) 毒物学(解毒剤の投薬)、
(7) 健康延命法(科学、特に錬金術的な処理を含む。健康延命法)、
(8) 強精法(精力増強法。催淫剤と性的若返りの研究)である。

この内(1)から(6)までが病気の治癒を目指す治療法で、(7)と(8)が予防医学となる健康人のための治療である。
なお、アーユルヴェーダの学問分野には解剖学と生理学、診断学、薬剤の知識と薬物学、婦人病と女性心理学、獣医学などもある。

小松 かつ子記


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