漢方薬の十全大補湯が免疫チェックポイント阻害薬によるがん治療効果を増強することを発見
■ ポイント
- がん治療において、免疫チェックポイント阻害薬(ICBs)※1は重要な治療選択の一つであり、長期にわたる病勢のコントロールを含め、非常に高い有効性を示す一方で、臨床での奏効率には限界があり、新たな治療標的の開発や、既存のがん免疫療法の抗腫瘍効果を増強するような複合的な治療法の開発が進められている。
- 漢方薬のなかでも「補剤」とされる方剤は、体力虚弱な者の疲労倦怠、食欲不振、病後・術後の体力低下などに適応とされ、また造血機能亢進や免疫賦活作用も期待されている。十全大補湯は代表的な補剤であり、漢方医学の概念である「気(き)」と「血(けつ)」を補う気血両補剤である。
- 十全大補湯の効能効果は、病後の体力低下、疲労、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血などであるが、がん患者においては術前術後の体力回復、食欲不振や不定愁訴の改善、化学療法や放射線療法の副作用の低減や予防、緩和ケアなどを期待して用いられることがあり、免疫調節作用の薬理作用も報告されている。
- マウスがんモデルを用いて、十全大補湯の併用投与がICBs(抗PD-1抗体)の治療効果を増強することを明らかにした。十全大補湯投与により、担がんマウスにおいてICBs治療時の病態進展にともない認められる腸内細菌叢とそれらの代謝物産生の変化の抑制、がん免疫応答を抑制的に制御する制御性T細胞(Treg)※2の増加の抑制、がん細胞を攻撃するCD8+ T細胞※3の活性化の亢進といった効果が認められた。
■ 概要
富山大学 学術研究部薬学・和漢系の早川 芳弘 教授、医学薬学教育部 博士課程 薬学専攻の山口 叶大 大学院生、学術研究部医学系の小林 栄治 教授らの研究グループは、(株)ツムラとの共同研究によって、漢方薬の十全大補湯の併用投与がマウスがんモデルにおいて免疫チェックポイント阻害薬(ICBs)である抗PD-1抗体の治療効果を増強することを明らかにしました。マウスがんモデルにおいて、十全大補湯投与が抗PD-1抗体治療時の病態進展にともない認められる腸内細菌叢とそれらの代謝物産生の変化の抑制、がん免疫応答を抑制的に制御する制御性T細胞(Treg)の増加の抑制、がん細胞を攻撃するCD8+ T細胞の活性化の亢進といった効果を示すことを明らかにしました。
今回発表する成果は、現在多くのがん患者の治療に用いられるようになってきた免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強する新たな複合療法の一つとして、日本で古くから用いられてきた伝統医薬である漢方薬を活用できる可能性を示しており、今後は実際にヒトでの効果の検証を目指した臨床研究の実施が期待されます。
この研究成果は、2026年2月3日付けで国際的科学雑誌「Journal of Natural Medicine」にオンライン公開されました。また本研究は、(株)ツムラからの共同研究費、科学技術振興機構の博士後期課程学生支援「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」事業(JPMJSP2145)の支援を受けて行われました。

■研究の背景
がん免疫療法は、がん細胞に対して直接薬効を発揮する抗悪性腫瘍薬とは異なり、生体防御機構である免疫応答を介してがん細胞を排除することにより薬効を示すがん治療法であり、免疫チェックポイント阻害薬を代表として、現在さまざまな治療法やモダリティの開発が進んでいます。この治療法は、長期にわたる病勢のコントロールを含め、非常に高い有効性を示す一方で、臨床での奏効率には限界があり、現在新たな治療標的の開発や、既存のがん免疫療法の治療効果を増強するような複合的な治療法の開発が進められています。
一方、漢方薬のなかでも補剤と呼ばれるグループの方剤は、体力虚弱な者の疲労倦怠、食欲不振、病後・術後の体力低下などの改善を目的として用いられ、また造血機能亢進や免疫賦活作用など薬理作用についても期待されています。十全大補湯は代表的な補剤であり、漢方医学の概念である「気(き)」と「血(けつ)」が不足した状態を補う気血両補剤として用いられています。一般的に、十全大補湯の効能・効果は、病後の体力低下、疲労、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血などに適応とされますが、がん治療においては、術前術後の体力回復、食欲不振や不定愁訴の改善、化学療法や放射線療法の副作用の低減や予防、緩和ケアなどを期待して用いられることがあり、免疫調節作用の薬理作用も報告されています。
私たちの研究グループは、マウスがんモデルを用いて、十全大補湯の併用投与がICBs(抗PD-1抗体)の治療効果を増強することを明らかにしました。十全大補湯投与により、担がんマウスにおいてICBs治療時の病態進展にともない認められる腸内細菌叢と、それらの代謝物産生の変化の抑制、がん免疫応答を抑制的に制御する制御性T細胞(Treg)の増加の抑制、がん細胞を攻撃するCD8+ T細胞の活性化の亢進といった効果が認められました。
■研究の内容・成果
マウス皮膚がん(メラノーマ)モデルを用いて、抗PD-1抗体の投与による治療効果に対して、十全大補湯の併用投与がどのような影響を及ぼすかについて調べました。今回の研究では、抗PD-1抗体のみではがん治療効果が認められない条件下で実験を行いましたが、十全大補湯の併用により、抗PD-1抗体の腫瘍増殖抑制効果が増強されました。この条件下において、担がんマウスの腸内細菌叢の変化を解析したところ、がん病態の進展(増殖)に伴って認められる特徴的な腸内細菌叢(特にRuminococcus属)の増加と、それらの腸内細菌が産生する糞便中の代謝物(特に短鎖脂肪酸)の産生増加が認められましたが、十全大補湯の投与はそれらのいずれも抑制する作用を示しました。さらに、担がんマウスではがん病態の進展にともない、腸管や腫瘍近傍のリンパ節で制御性T細胞(Treg)の増加が認められましたが、十全大補湯の投与により抑制される傾向が認められました。また、抗PD-1抗体を投与した担がんマウスでは、十全大補湯の併用により腫瘍内に浸潤したがん抗原特異的CD8+ T細胞の多様性が増加する傾向や、CD8+ T細胞の活性化マーカーの発現上昇などが認められました。以上の結果から、十全大補湯は担がんマウスにおける腫瘍進展にともなう腸内細菌叢、ならびにその代謝物産生の変化とTregの増加を制御し、CD8+ T細胞の活性化を補助する免疫調節作用によって免疫チェックポイント阻害薬の抗腫瘍効果を増強する作用を持つことが期待できます。
■今後の展開
本研究では、現在多くのがん患者の治療に用いられるようになってきた免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強する新たな複合療法の一つとして、日本で古くから用いられてきた漢方薬である十全大補湯を活用できる可能性を示しています。現在、我々の研究グループでは、マウスモデルを用いて十全大補湯の免疫賦活作用について、腸内細菌叢の重要性や免疫賦活作用に関する詳細な作用機序の解析を進めています。また、今後は実際にヒトでの効果の検証を目指した臨床研究の実施が期待されます。
【用語解説】
※1 免疫チェックポイント阻害薬(ICBs):
免疫チェックポイント阻害薬は、前述の免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンド分子に結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害することで、がん細胞を攻撃する免疫細胞に対するブレーキを解除する薬剤。抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体などがあり、様々ながん腫に対する治療に用いられる。
※2 制御性T細胞(regulatory T cell: Treg):
免疫応答を制御する重要な細胞で、がん細胞に対する免疫応答においては抑制的に働くことが知られている。がん病態の進展にともないTregの活性化や増加などが認められ、がん細胞を排除しようとする抗腫瘍免疫応答を抑制する。
※3 CD8+ T細胞:
CD8分子を細胞表面に発現し細胞傷害性を持つT 細胞で、がん細胞に対する免疫応答、特に免疫チェックポイント阻害薬での治療において直接がん細胞を攻撃する抗腫瘍エフェクター免疫細胞として重要。
【論文詳細】
論文名:
Juzentaihoto modulates gut microbiota and potentiates the anti-tumor effect of anti-PD-1 antibody in an immunogenic mouse melanoma model
著者:
Kanata Yamaguchi, Keiko Sekido, Eiji Kobayashi, Keisuke Ogura, Mitsue Nishiyama, Kunihiro Konno, Rie Tanaka, Hiroshi Hamana, Hiroyuki Kishi, So-ichiro Sasaki, Takeshi Susukida & Yoshihiro Hayakawa
掲載誌:
Journal of Natural Medicine,
DOI:https://doi.org/10.1007/s11418-025-01999-z
2026.02.18 研究成果









