抗がん剤5-アザシチジンの生合成機構を解明
―酵素による骨格編集で1,3,5-トリアジン環をつくる仕組み―
■ ポイント
・血液がんの治療に用いられる抗がん剤「5-アザシチジン」に特徴的な塩基部分である5-アザシトシンの形成に関わる3種類の生合成酵素AzcE、AzcA、AzcB/Cを同定し、約60年間不明であったその生合成機構を明らかにしました。
・酵素AzcEが、GTPから5-アザシトシンのもととなる化合物を生成する、これまで知られていなかった反応を触媒することを明らかにしました。
・AzcAは、ピリミジン環を切断・再構築する「骨格編集反応」により、5-アザシトシンに特徴的な1,3,5-トリアジン骨格を形成することを明らかにしました。
・さらにAzcB/Cは、通常のカルボニル基ではなくイミンを反応点として利用する、これまでに例のないTPP依存性脱炭酸反応により、5-アザシトシンを生成することを明らかにしました。
■ 概要
5-アザシチジン*1は、骨髄異形成症候群などの血液がんの治療に用いられている核酸系抗がん剤です。化学合成化合物として開発された後、1966年に放線菌が生産する天然物としても発見されましたが、天然においてどのように作られるのか、その生合成機構は約60年間明らかになっていませんでした。
富山大学学術研究部薬学・和漢系(和漢医薬学総合研究所)の森田 洋行教授らの研究グループは、北海道大学大学院工学研究院の大利 徹教授(現:富山大学研究推進機構学術研究・産学連携本部URA)、小笠原 泰志准教授(現:同大学院教授)らを中心とする共同研究に参画し、5-アザシチジンの生合成機構の解明に取り組みました。本研究では、生合成遺伝子クラスター*2を同定するとともに、AzcE、AzcA、AzcB/Cという3種類の酵素が、これまで知られていなかった特異な反応を触媒し、5-アザシトシン*3を構築することを明らかにしました。なかでもAzcAは、ピリミジン環の炭素-窒素骨格を切断・再構築し、5-アザシトシンに特徴的な1,3,5-トリアジン環*4を形成する、これまでに例のない「骨格編集反応*5」を触媒することが明らかになりました。また、AzcB/Cは、AzcAによって生じた中間体を、チアミンピロリン酸(TPP)*6を利用した極めて珍しい脱炭酸反応により、5-アザシトシンへ変換することが明らかになりました。
富山大学の研究グループは、本共同研究において、主としてAzcAおよびAzcB/CのX線結晶構造解析を担当しました。AzcAについては基質および生成物との複合体構造を、AzcB/CについてはTPPや基質・生成物との複合体構造を明らかにし、これらの酵素が特異な化学反応を触媒する分子基盤の解明に貢献しました。実際、AzcAについてはAzcA:Mn、AzcA:Mn:基質、AzcA:Mn:生成物、AzcB/CについてはTPP複合体、基質・TPPアナログ複合体、生成物・TPP複合体の構造が決定されています。
本成果は、医薬品として長年利用されてきた天然物の生合成に潜んでいた新しい酵素化学を明らかにするものであり、酵素を利用した新たな分子骨格変換や有用物質創製への展開が期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「Nature Catalysis」に2026年9月7日(月)18:00(日本時間)にオンライン掲載されます。
■研究の背景
5-アザシチジンは、核酸を構成するヌクレオシドの一つであるシチジンに類似した核酸系化合物であり、シトシン環の5位の炭素原子が窒素原子に置き換わった「5-アザシトシン」という特徴的な1,3,5-トリアジン構造を有しています。骨髄異形成症候群などの血液がんの治療薬として現在も利用されている重要な医薬品です。
5-アザシチジンは当初、1964年に化学合成された核酸アナログとして報告されましたが、その後1966年に放線菌 Streptomyces mobaraensis が生産する天然物として単離されました。しかし、化学合成により供給され、合成医薬品として広く認識されてきたことなどから、その天然での生合成については全く研究されておらず、特徴的な1,3,5-トリアジン骨格がどのように形成されるのかは長年の謎でした。
そこで本研究では、5-アザシチジン生産菌のゲノム解析から生合成遺伝子を探索し、組換え酵素を用いた生化学解析、X線結晶構造解析*7、クライオ電子顕微鏡解析*8、同位体標識実験*9、量子化学計算などを組み合わせ、その生合成経路と酵素反応機構の解明を目指しました。
■研究の内容・成果
まず、5-アザシチジンを生産する放線菌と非生産菌のゲノムを比較することで、9個の遺伝子(azcA~I)からなる候補遺伝子領域を見いだしました。この遺伝子群を別の放線菌に導入すると5-アザシチジンが生産されたことから、この領域が生合成遺伝子クラスターであることが確認されました。詳細な酵素解析の結果、AzcEは既知のGTPシクロヒドロラーゼと相同性を有しますが、GTPから2,5,6-トリアミノピリミジン-4(1H)-オンの生成を触媒する新規酵素であることが明らかになりました。続いてAzcAが、このピリミジン中間体の炭素-窒素骨格を大きく組み替え、1,3,5-トリアジン環を有する中間体へ変換し、さらにAzcB/Cがこの中間体を脱炭酸し、5-アザシトシンを生成することが明らかになりました。
富山大学の研究グループは、主としてAzcAおよびAzcB/CのX線結晶構造解析を担当しました。AzcAについては、金属イオンを含む酵素単独構造に加え、反応基質および生成物を結合した複合体構造を決定しました。その結果、基質が金属中心近傍に固定され、周囲のアミノ酸残基と水分子による水素結合ネットワークによって認識される様子が明らかになりました。これらの構造情報と変異解析、量子化学計算を組み合わせることで、金属中心と周辺環境が炭素-炭素結合切断を伴う骨格編集反応を促進することが示されました。
またAzcB/Cについて、TPPとの複合体ならびに基質・生成物を含む複合体のX線結晶構造を決定しました。その結果、基質のトリアジン環がTPPと酵素の芳香族アミノ酸残基の間に挟み込まれて認識され、TPPが反応部位の直近に配置されることが明らかになりました。この構造解析は、通常はカルボニル基を反応点とするTPP依存性酵素が、本酵素ではイミンを求電子部位として利用するという、これまでに例のない反応を触媒することを構造的に裏付けました。
これらの結果から、5-アザシトシンの形成には、既知の生合成反応とは大きく異なる一連の酵素反応が利用されていることが明らかになりました。

■今後の展開
本研究により、約60年間不明であった5-アザシチジンの天然での生合成機構が明らかになり、同時に、AzcAによる「骨格編集反応」とAzcB/Cによる特異なTPP依存性脱炭酸反応という、新しい酵素化学が見いだされました。論文では、AzcAの野生型酵素の基質許容性は現時点では狭いものの、今後の酵素工学によってその範囲を拡張できる可能性も指摘されています。
今後、これらの酵素がどのような分子を基質として利用できるのかを明らかにし、さらに酵素の機能を改変することで、従来の化学合成では難しい炭素-窒素骨格の組み替えや、新たな含窒素複素環化合物の創製へ応用できる可能性があります。本成果は、天然物生合成における酵素反応の多様性への理解を深めるとともに、新しい生体触媒や有用物質創製法の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
※1)5-アザシチジン
シチジンに類似した核酸系化合物で、5-アザシトシンを塩基部分としてもつ。骨髄異形成症候群などの治療に用いられる抗がん剤である。
※2)生合成遺伝子クラスター
天然物の生合成に関わる複数の遺伝子が、微生物のゲノム上でまとまって存在する領域。
※3)5-アザシトシン
5-アザシチジンの塩基部分を構成する化合物。シトシンの5位の炭素原子が窒素原子に置き換わった構造をもち、1,3,5-トリアジン骨格を有する。
※4)1,3,5-トリアジン骨格
炭素原子3個と窒素原子3個が交互に並んだ六員環構造。窒素を含む複素環骨格の一種である。
※5)骨格編集反応(skeletal editing)
分子骨格を構成する原子間の結合を切断・形成することにより、分子の基本骨格そのものを組み替える化学反応。
※6)TPP(チアミンピロリン酸)
ビタミンB1に由来する補酵素。多くの酵素で炭素-炭素結合の形成や切断を伴う反応に利用される。
※7)X線結晶構造解析
タンパク質などの結晶にX線を照射して得られる回折データから、分子の三次元構造を原子レベルで決定する手法。
※8)クライオ電子顕微鏡解析
試料を急速に凍結して電子顕微鏡で観察し、多数の画像からタンパク質などの三次元構造を高い分解能で決定する手法。
※9)安定同位体標識実験
通常とは質量の異なる安定な同位体で原子を標識し、化学反応の前後でその原子の行方を追跡する実験
【論文詳細】
論文名:
Enzymatic skeletal editing reaction forming the 1,3,5-triazine core during biosynthesis of the anticancer nucleoside analogue 5-azacytidine
著者:
梅澤 朱理、角田 毅、中嶋 優、Yung-Lin Wang、米田 智樹、丸山 千登勢, Ning-Shian Hsu、松山 太郎、宮本 和範、佐藤 玄、下瀬 明日葉、高澤 怜央、濱野 吉十、Tsung-Lin Li、猪熊 泰英、内山 真伸、小笠原 泰志、森田 洋行、大利 徹
掲載誌:
Nature Catalysis (2026年9月7日(月)18:00(日本時間)オンライン掲載)
2026.09.11 研究成果









