研究成果

沈香の香り成分を生み出す重要な酵素を発見

■ ポイント

・沈香の香り成分を生み出すために重要な酵素の解明に成功した。

・沈香は高級香木として重宝されているが,その数が激減しているため,効率的な沈香栽培方法の確立が求められている.

・今回発見した酵素の遺伝子発現と香り成分の蓄積を詳細にモニタリングしながらストレス条件を明らかにしていくことで,人工沈香の栽培に繋がる可能性がある。

 

■ 概要

富山大学・和漢医薬学総合研究所の森田洋行教授らの研究グループは,東京大学大学院・薬学系研究科の阿部郁朗教授,北京中医薬大学・中薬現代研究中心の史社坡教授,北京大学・薬学部の屠鵬飛教授らの研究グループとの共同研究により,沈香の香り成分を生み出すために重要な酵素を世界で初めて明らかにしました。

沈香は高級香木として重宝されていますが,その香り成分は,沈香の基になる牙香樹等の植物が細菌等によって自分の木部を侵されたとき、その防御策としてダメージ部の内部に樹脂を分泌、蓄積されるのが特徴です。沈香の人工栽培も試みられていますが,実用的な栽培方法は今のところありません。今回,研究グループは,牙香樹の培養細胞のゲノム遺伝子から香り成分の生産に関わると考えられる酵素の候補遺伝子を見い出し,そして,その酵素の役割を詳細に検証することで,沈香の香り成分の生産に関わる重要な酵素を明らかにしました。今回の研究成果で明らかになった酵素の遺伝子の発現を詳細にモニタリングしながら,それらがよく発現するストレス条件を検討して明らかにしていくことで,それらの香り成分を高含量で生産する人工沈香の開発に繋がる可能性があります。

本研究成果は,英国の電子版科学誌Nature Communicationに掲載されました。

 

■研究の背景

沈香は,高貴な香りのする高級香木として,中国や日本において用いられてきました。日本においては,お香として高い需要があります。さらに,中国や日本においては,香料としてのみならず,精神作用を持つ生薬として中医薬や漢方医薬で用いられています。沈香の基になる植物(基原植物)はジンチョウゲ科ジンコウ属の牙香樹Aquilaria sinensisや沈香樹A. malaccensis,沈香木A. agallochaで,その芳香の主な成分は,2-(2-フェニルエチル)クロモン類であることが既に報告されています。しかし,これらの芳香成分は,細菌による感染や摂食生物からの脅威にさらされたときにのみ生産される香り成分であり,沈香の基原植物が細菌等に長い間侵されて初めて十分な芳香成分が蓄積されます。言い換えれば,沈香としての利用は,もはや死に瀕した牙香樹等であり,自然界においては,基原植物のうち,沈香として利用できるのは僅か数%です。最近では,基原植物に人がストレスを与えることで沈香の生産が試みられていますが,その費用と労力に反して必ずしも沈香として利用できるわけではないので,その希少性故に未だ高価な値で取引されています。そのため,密栽が後を絶たず,基原植物の数が激減している現状を阻止するために,効率的に沈香を生み出す生産方法の開発が必要とされています。

 

■研究の内容・成果

沈香の香り成分は,植物の中でその基になる化合物が酵素によって作られた後に,さらに別の酵素の関与によって形が徐々に変わっていくことで作られます。今回,研究グループは,牙香樹の培養細胞にストレスを与えることによって,香り成分の蓄積と相関して発現してくる酵素遺伝子を見い出しました。さらに,遺伝子技術を用いて,その候補遺伝子を酵素に変えて香り成分に相当する化合物を生み出すかどうかを詳細に検証することで,候補遺伝子が牙香樹の香り成分の基になる化合物を生み出すことを見い出し,世界で初めて,沈香の香り成分の生産に関わる酵素を明らかにしました。また,この酵素の発見により,沈香の香り成分が,どのようにして植物の中で組み立てられてくるのかも明らかになりました。

 

■今後への期待

沈香が生産する香り成分の生産に関わる酵素が明らかになれば,基原植物にストレスを与えたときの植物内におけるその酵素遺伝子の発現を詳細にモニタリングすることで,香り成分の生産と蓄積が予想できます。今後,この酵素遺伝子が発現し易いストレス条件を検討していくことで,香り成分を高含量で生産する人工沈香の栽培に繋がることが大いに期待されます。

 

【論文詳細】

掲載誌:Nature Communication

論文名:Identification of a diarylpentanoid-producing polyketide synthase revealing an unusual biosynthetic pathway of 2-(2-phenylethyl)chromones in agarwood

著者:Wang Xiao-Hui, Gao Bo-Wen, 中嶋 優, 森 貴裕, Zhang Zhong-Xiu, 児玉 猛,Lee Yuan-E, Zhang Ze-Kun, Wong Chin-Piow, Lie Qian-Qian, Qi Bo-Wen, Wang Juan, Li Jun, Liu Xiao, 阿部郁朗, 森田洋行, Tu Peng-Fei, Shi She-Po

掲載日:2022年1月17日 19:00(日本時間・オンライン公開)

DOI: 10.1038/s41467-022-27971-z


2022.01.17 研究成果