研究成果

傷ついた腸管粘膜の治癒を調節する新たなメカニズムを発見

■ ポイント

  • 腸管上皮細胞のBLT1受容体が傷害された腸管粘膜の治癒を促進する役割を担うことを発見しました。
  • 炎症環境下において、腸管上皮細胞でのBLT1受容体の発現が上昇し、BLT1受容体の活性化は腸管上皮細胞の遊走を促進することを明らかにしました。
  • 本研究の成果は、複雑な粘膜治癒イベントの解明に貢献するもので、粘膜治癒の達成が再燃予防の鍵となる炎症性腸疾患に対する有用で新しいコンセプトを持つ治療戦略の創出への応用が期待されます。

■ 概要

本研究所の林 周作 助教とミシガン大学 医学部のNusrat Asma教授らの国際共同研究グループは、腸管上皮細胞のBLT1受容体が、傷害された腸管粘膜の治癒を促進することを初めて明らかにしました。

絶えず腸内細菌や食物抗原などの外界と接している腸管粘膜では、上皮細胞と免疫細胞による高度に発達した粘膜バリアが腸管の恒常性を維持しています。炎症や物理的傷害によりダメージを受けた腸管粘膜では、上皮細胞と免疫細胞のクロストークを中心とする粘膜治癒によって粘膜バリアの再生が行われます。一方、炎症性腸疾患などの慢性炎症時には、粘膜治癒が正確に行われず、再燃を繰り返す悪循環に陥ると考えられています。近年、粘膜治癒は上皮細胞の増殖因子のみによって促される単純なものではなく、炎症性メディエーターも寄与する非常に複雑なイベントであることが明らかにされつつありますが、未だ不明な点も多いです。そこで本研究グループは、その一端を解明するために、炎症性メディエーターとして認識されているロイコトリエンB4(LTB4)-BLT1経路の腸管粘膜の粘膜治癒における役割を検証しました。その結果、ヒトおよびマウスの腸管上皮細胞にはBLT1受容体が発現しており、腸管上皮細胞のBLT1受容体が傷害された腸管粘膜の粘膜治癒を促進する役割を担うことを細胞レベルおよび生体レベルにおいて証明しました。

本研究成果は、米国科学雑誌「JCI Insight」に2022年12月8日に掲載されました。

■研究の背景

腸管での急性および慢性炎症は、上皮の損傷に関連しており、びらんや潰瘍の形で粘膜の傷を引き起こします。粘膜での損傷に応答して、腸管上皮細胞は活発な遊走能かつ増殖能を示し、損傷部をカバーかつ上皮自身がターンオーバーすることで、粘膜バリアを再生します。この粘膜治癒イベントは、上皮細胞と好中球、単球やマクロファージなどの免疫細胞および間質細胞などがサイトカインや脂質メディエーターを介して、時空間的にクロストークすることで精巧かつ複雑に調節されています。これまでに私たちの研究グループは、粘膜治癒において好中球が重要な役割を担っていることを観察していましたが、その詳細なメカニズムは不明でした。

好中球は、脂質メディエーターであるロイコトリエンB4(LTB4)を分泌し、LTB4はその受容体BLT1に結合して炎症環境への好中球を含む免疫細胞の遊走を促します。これまでに炎症性腸疾患患者の腸管粘膜においてLTB4レベルの上昇が観察されることから、LTB4-BLT1経路の活性化は、腸管での炎症病態の形成に関与すると推察されてきました。一方、炎症と密接に関連する粘膜治癒ではこれまで炎症惹起に関与するとされてきた因子が、上皮細胞に作用して治癒を促すことが次々と明らかにされてきています。しかし、粘膜治癒におけるLTB4-BLT1経路の病態生理学的意義については、腸管上皮細胞でのBLT1の存在を含めてこれまで知られていませんでした。

■研究の内容・成果

ヒトおよびマウスの腸管粘膜において、腸管上皮細胞はBLT1を発現していました。炎症環境下では、ヒト(炎症性腸疾患患者の腸管粘膜サンプル)およびマウス(生検で腸管粘膜に傷を作製したモデルの腸管粘膜サンプル)腸管上皮細胞でのBLT1発現が著明に上昇していました。次に、傷害後の腸管上皮細胞の修復反応におけるLTB4-BLT1経路の役割を検証しました。ヒト腸管およびBLT1欠損マウス腸管のオルガノイドを用いた実験系において、LTB4-BLT1経路は、腸管上皮細胞の遊走を亢進することによって傷害後の腸管上皮細胞の修復を促すことがわかりました。また、腸管粘膜の治癒における生体内でのBLT1の役割を検証するため、腸管内視鏡下に生検で腸管粘膜に傷を作製してその後の粘膜治癒を評価するマウスモデルを用いました。BLT1欠損マウスでは野生型マウスと比較して粘膜治癒の顕著な遅延が観察されました。さらに、野生型とBLT1欠損マウスから骨髄細胞キメラマウスを作製し、腸管粘膜の治癒を評価したところ、免疫細胞以外に存在するBLT1が腸管での粘膜治癒に寄与することがわかりました。

以上の結果より、腸管上皮細胞のBLT1は、傷害された腸管粘膜の粘膜治癒において重要な役割を担うことが明らかになりました。

図. 腸管上皮細胞はBLT1受容体を発現しており、炎症環境下(TNFa/TNFR刺激)でBLT1発現が上昇する。LTB4によるBLT1の活性化は、細胞接着班のリモデリングを介して腸管上皮細胞の遊走を亢進し、腸管粘膜の傷の修復(粘膜治癒)を促す。

■今後の展開

本研究から、腸管上皮細胞に発現するBLT1によって調節される腸管粘膜での粘膜治癒の新たなメカニズムが示されました。粘膜治癒の調節には、炎症反応と修復反応のバランスが重要です。従来、もっぱら炎症を惹起するとされてきたLTB4-BLT1経路が粘膜治癒を促すという本知見は、複雑な粘膜治癒イベントの解明に貢献するもので、粘膜治癒の達成が再燃予防の鍵となる炎症性腸疾患に対する有用で新しいコンセプトを持つ治療戦略の創出への応用が期待されます。

【用語解説】

・炎症性腸疾患:

潰瘍性大腸炎とクローン病の総称。どちらも腸管における慢性炎症性疾患で、厚生労働省から難病に指定されている。現在の治療では、再燃させずに寛解を長期間維持させることが最大の目標とされている。しかし寛解維持を目的として開発された治療薬は存在しないため、長期寛解維持を達成する有用で新しいコンセプトを持つ治療薬の創出が求められている。

・オルガノイド:

人工的に創出された器官に類似した組織体のこと。腸管オルガノイドは、ヒトやマウスの腸管上皮幹細胞から分化させた上皮組織を体外で培養したもので、上皮組織を構成する全ての細胞種からなる。

・ロイコトリエンB4(LTB4)-BLT1経路:

LTB4はアラキドン産から産生される脂質メディエーターで、高親和性受容体であるBLT1に結合することで、好中球をはじめとする様々な免疫細胞の炎症環境下への遊走を亢進する。

【助成金】

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 国際共同研究加速基金JP17KK0166、ムーンショット型研究開発事業JPMJMS2021などの助成を受けたものです。

【論文詳細】

論文名:Intestinal epithelial BLT1 promotes mucosal repair

著者:Shusaku Hayashi, Chithra K. Muraleedharan, Makito Oku, Sunil Tomar, Simon P. Hogan,Miguel Quiros, Charles A. Parkos, Asma Nusrat

掲載誌:JCI Insight

doi: 10.1172/jci.insight.162392.

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2022.12.12 研究成果