研究成果

がん微小環境をターゲットとした新規膵がん治療薬の開発

■概要

富山大学和漢医薬学総合研究所の Suresh Awale 准教授、学術研究部工学系の豊岡尚樹教授と学術研究部医学系の藤井努教授らの共同研究チームは、膵がん治療に有望な天然型抗悪性腫瘍剤※1を見出しました。本研究チームは、東アジアに分布するショウガ科のBoesenbergia pandurata から発見された生理活性天然化合物「Nicolaioidesin C」を、膵臓癌に対する強力な抗腫瘍剤として同定しました。この天然有機化合物は、低酸素・低栄養状態(がん微小環境)における膵がん細胞に対して特異的かつ強力な細胞毒性※3を示す極めてユニークな「Antiausterity」化合物です。

本研究成果は、米国化学会の権威ある学術誌「Journal of Natural Products」第 86 巻第 6 号(2023 年 6 月 23 日発行 https://pubs.acs.org/toc/jnprdf/86/6)の表紙に掲載されました。(図1)

 

■ポイント

・Nicolaioidesin C はがん微小環境におけるヒト膵がん細胞に対して特異的かつ強力な細胞毒性を示す。

・動物実験においても Nicolaioidesin C は十分な抗腫瘍活性を示し、用量依存的かつ有意に腫瘍成長を阻害することを明らかにした。

・作用機序を解析した結果、Nicolaioidesin C は Akt/mTOR およびオートファジーのシグナル伝達経路※4を阻害し、さらにアミノ酸・スフィンゴ脂質代謝※5にも影響を及ぼすことを突き止めた。

・以上の結果より、Nicolaioidesin C は既存の膵がん治療薬とは異なるメカニズムを有する新たな治療薬として極めて有望である。

■研究内容

薬用植物 Boesenbergia pandurata に含まれる Nicolaioidesin C が低栄養状態で典型的ヒト膵がん細胞である PANC-1 および MIA PaCa-2 細胞株に対して強力な細胞毒性を示すことを証明しました。また、がんの転移に関わる細胞の移動とコロニー形成も阻害することも明らかとなりました。さらに、抗腫瘍活性を動物実験で確認すべくマウスにおいて、MIA PaCa-2 異種移植片の腫瘍成長を検討した結果、Nicolaioidesin C は用量依存的かつ有意に腫瘍成長を阻害したことから、抗腫瘍活性を動物実験でも証明することに成功しました。(図2)

作用機序を検討した結果、Nicolaioidesin C は in vitro※6および in vivo※6両方の試験において、Akt/mTOR およびオートファジーのシグナル伝達経路を阻害することが判明しました。一方、Orbitrap MS 技術を用いた in vivo 腫瘍サンプルのアンターゲットメタボロームプロファイリング※7により、Nicolaioidesin C はアミノ酸代謝を低下させ、スフィンゴ脂質代謝を上昇させるという非常にユニークな挙動を示すことを発見しました。

これらの事実は、低酸素・低栄養状態、すなわちがん微小環境に存在する膵がん細胞に対して、選択的かつ効果的に細胞毒性を示すことを意味しています。既存の抗がん剤は、急速に増殖するがん細胞を標的にしていることから、がん微小環境下にある膵がん細胞には効果がなく、膵がん化学療法において既存の抗がん剤には成し得ない大きなインパクトを与える結果です。

 

【用語解説】

※1 天然型抗悪性腫瘍剤

天然由来の悪性腫瘍(がん)の増殖を抑える効果を示す成分。

※2 Nicolaioidesin C

主に東アジアに分布するショウガ科の薬用植物 Boesenbergia pandurata に含まれる 化合物。

※3 細胞毒性

細胞に対して死、あるいは機能障害や増殖阻害の影響を与える作用などの性質。

※4 Akt/mTOR およびオートファジーのシグナル伝達経路

Akt/mTOR シグナル伝達経路とは、細胞周期を制御する重要な細胞内シグナル伝達経 路であり、細胞の静止期、増殖、がん、長寿などに関連している。またオートファジ ーとは、細胞に備わっている細胞内のタンパク質を分解するための仕組みである。

※5 アミノ酸・スフィンゴ脂質代謝

アミノ酸とは、アミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-CO2H)の両方の官能基を持つ有機 化合物の総称であり、タンパク質を構成する要素である。またスフィンゴ脂質とは、 スフィンゴシン(2-アミノ-4-オクタデセン-1,3-ジオール(18 個の炭素を持つ長鎖 アミノアルコール))を骨格として持つ脂質であり、生体膜を構成する脂質の中で2 番目に多い脂質とされている。

※6 in vitro / in vivo

in vitro とは「試験管内で」という意味で、生体内と同様の環境を人工的に作り、 薬物の作用を調べる試験のこと。in vivo とは「生体内で」という意味で、マウスな どの動物個体を用いて薬物の作用を調べる試験のこと。

※7 メタボロームプロファイリング

生体内に含まれる代謝物を網羅的に解析する技術のこと。

【付記】

本研究で使用した Orbitrap MS 装置は「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造コンソー シアムの援助にて導入されました。

【論文詳細】

論文名: Nicolaioidesin C: An Antiausterity Agent Shows Promising Antitumor Activity in a Pancreatic Cancer Xenograft Mouse Model

著者: Nguyen Duy Phan1,2, Ashraf M. Omar1 , Ikue Takahashi1 , Hayato Baba2 , Tomoyuki Okumura2 , Johji Imura3 , Takuya Okada4 , Naoki Toyooka4 , Tsutomu Fujii2 , Suresh Awale1,

 

1 Natural Drug Discovery Laboratory, Institute of Natural Medicine, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan

2 Department of Surgery and Science, Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Sciences, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan

3 Department of Diagnostic Pathology, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan

4 Faculty of Engineering and Graduate School of Innovative Life Science, University of Toyama, Toyama 930-8555, Japan

 

掲載誌: Journal of Natural Products Volume 86, Issue 6, Pages 1373-1642

DOI: 10.1021/acs.jnatprod.3c00019

Cover page highlight: https://pubs.acs.org/toc/jnprdf/86/

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2023.06.27 研究成果