研究成果

免疫抵抗性を示すがん腫に有効な新規治療戦略の開発に成功
〜薬の力でがん細胞を免疫応答から認識され易くする〜

■ ポイント

・がんの治療成績は免疫チェックポイント阻害薬(ICBs) ※1を代表とするがん免疫療法の開発によって大きく改善しているが、一方でICBsに治療抵抗性を示すがん腫が依然として多く存在していることが課題である。

・ヒト白血球抗原(HLA)※2分子との相互作用(HLA-薬物相互作用)により、がん細胞に提示される抗原を変化させることで、がん細胞を攻撃するキラーT細胞※3が活性化され、抗腫瘍免疫応答を誘導できることを明らかにした。

・今回明らかにした抗腫瘍免疫の誘導方法を多様なHLA-薬物相互作用の組み合わせに応用することで、ICBsに治療抵抗性を示すがん腫に対する新たな治療戦略となることが期待できる。

■ 概要

富山大学 和漢医薬学総合研究所の薄田健史助教、佐々木宗一郎助教、早川芳弘教授の研究グループは、千葉大学大学院 薬学研究院の青木重樹講師、伊藤晃成教授との共同研究により、ヒト白血球抗原(HLA)分子との相互作用(HLA-薬物相互作用)により、がん細胞に提示される抗原を変化させることで、がん細胞を攻撃するキラーT細胞が活性化され、抗腫瘍免疫応答を誘導できることを明らかにしました。今回発表する成果は、がん治療の臨床において大きな課題であるICBsに治療抵抗性を示すがん腫に対する新たな治療戦略となることが期待できます。

この研究成果は、2023 年 7月 29 日付けで「Biomedicine & Pharmacotherapy」 にオンライン公開されました。また本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 (17H06398, 20K22801, 21H02640, 21K15311)、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。

■研究の背景

ICBsに代表されるがん免疫療法ではがん細胞上に提示される抗原の免疫応答を引き起こす能力(免疫原性)によって治療奏功率が左右されます。しかし、免疫原性が低いがん腫においては、そもそもがん細胞の抗原性が低く、がんを攻撃するキラーT細胞が認識できず、これらがん腫に対するがん免疫療法の治療奏功率は一般的に低いことが課題となっています。一方、薬物過敏症が発症するメカニズムとして特定のHLA多型分子に薬物が相互作用することで異常な抗原が提示され、その異常抗原を認識するキラーT細胞によって自己免疫応答が引き起こされることが明らかとなっています。私たちの研究グループは、この「薬物によってHLA上の自己抗原が異常抗原に変化し、それに伴ってキラーT細胞が活性化する現象」に着目し、免疫原性が低いがんの抗原性を向上させる新たながん免疫治療戦略に応用することを考えました。

■研究の内容・成果

まず、ICBsである抗 PD-1 抗体による治療に不応答であるマウスの悪性黒色腫(B16F10) およびルイス肺癌(3LL)にHLA-B*57:01遺伝子※4を導入し、HLA遺伝子安定発現細胞株を作成しました。これらの細胞株を移植したマウスモデルにHLA-B*57:01分子と相互作用することで異常抗原を提示することが知られている抗HIV薬であるアバカビルを投与したところ、腫瘍の増大が有意に抑制されました。また、アバカビルを投与したマウスの腫瘍組織内には活性化したキラーT細胞が浸潤していました。さらに、腫瘍浸潤キラーT細胞の機能を調べたところ、増殖マーカーやサイトカイン(IFN-γ※5)の発現が認められました。これら抗腫瘍効果は、キラーT細胞やIFN-γを欠損するマウスや、アバカビルとは相互作用しないHLA-B*57:03遺伝子を導入したがん細胞を移植したマウスでは観察されなかったことから、アバカビルによりHLA-B*57:01分子上に異常抗原が提示されたことにより誘導されるキラーT細胞による免疫応答によるものと考えられました。

■今後の展開

本研究では、ICBsに治療抵抗性を示すがんにおいてHLAに作用する薬の効果で抗腫瘍免疫応答を誘発できることを明らかにしました。現在、我々の研究グループではより生理的条件に近いHLA-B*57:01遺伝子導入マウスを用いて、今回開発したがん免疫治療戦略の有効性や安全性について確認しています。また、他の薬物とHLA多型分子との組み合わせによるHLA-薬物相互作用でも抗腫瘍免疫応答が誘導できるか検証を進めているところです。今後の研究で、今回明らかにした新規治療戦略の実用化に向けた検証がさらに進むことが期待できます。

【用語解説】

※1 免疫チェックポイント阻害剤(ICBs):

免疫チェックポイント阻害薬は、前述の免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンド分子に結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害することで、がん細胞を攻撃する免疫細胞に対するブレーキを解除する薬剤。抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体などがあり、様々ながん種に対する治療に用いられる。

※2 ヒト白血球抗原(HLA)

“自己”を特徴付ける細胞表面のタンパク質のこと。体内で自己と非自己を認識するための重要な免疫機構としてはたらき、侵入した異物(非自己)を免疫機能により排除することで、自己の恒常性を維持している。造血幹細胞移植や臓器移植では、HLAタイプの適合性が重要視される。

※3 キラーT細胞(CD8+ T細胞):

細胞殺傷能力を有するCD8が陽性のT細胞。ウイルス感染細胞やがん細胞表面にあるHLA分子が提示する非自己の抗原を認識することで、それらの細胞を排除できるように活性化する。

※4 HLA-B*57:01遺伝子:

HLA多型の一種で、白人の中で数%がこの遺伝子を保有している。アバカビルやフルクロキサシリンなど、複数の薬物との組み合わせで自己免疫応答が誘導されることが報告されている。

※5 IFN-γ(インターフェロン-ガンマ)

抗腫瘍エフェクター免疫細胞であるキラー(CD8)T細胞が主に産生するサイトカイン。特異的受容体を介してがん細胞に対してシグナルを伝達し、免疫細胞による認識を上昇させたり、がん細胞に増殖抑制や細胞死を誘導させたりする。

【論文詳細】

論文名:

Drug-induced altered self-presentation increases tumor immunogenicity.

著者:

Takeshi Susukida, So-Ichiro Sasaki, Tomohiro Shirayanagi, Shigeki Aoki, Kousei Ito, Yoshihiro Hayakawa.

掲載誌:

Biomedicine & Pharmacotherapy, 2023年 9 月号


2023.08.03 研究成果