研究成果

機能性ペプチドであるLassoペプチドに D-アミノ酸が導入される機構を解明

■ ポイント

・酵素が機能性ペプチドであるD-アミノ酸含有LassoペプチドにD-アミノ酸を如何にして導入するのかを解明しました。

・Lassoペプチドは,特有の「投げ縄」構造を持ったペプチドであり,様々な生理活性を持ちます。

・今回の成果は,天然に存在しない新たな機能性D-アミノ酸含有Lassoペプチドの創出に繋がることが期待されます。

■ 概要

富山大学・和漢医薬学総合研究所の森田洋行教授らの研究グループは,北海道大学大学院・工学研究院の大利徹教授の研究グループと共同研究を行い,D-アミノ酸含有LassoペプチドのD-アミノ酸導入メカニズムを世界で初めて明らかにしました。

この研究は,微生物から単離されたLassoペプチドMS-271に含まれるD-アミノ酸の導入機構を解析し,新たな機能性ペプチドの創出へと繋げることを指向して始めたものです。通常,LassoペプチドはL-アミノ酸で構成されますが,MS-271は唯一D-アミノ酸を含むLassoペプチドとして知られています。D-アミノ酸を含むペプチドは抗菌活性などの生理活性が報告されており,D-アミノ酸含有Lassoペプチドは新たな機能性ペプチド開発のプラットフォームとして期待されます。今回,研究グループはMS-271に含まれるD-アミノ酸の導入に関与するMslH酵素の三次元構造解析を行い,MslHがD-アミノ酸を導入するメカニズムを世界で初めて解明しました。また,この酵素が独自の進化によって獲得されたユニークな酵素であることを示しました。今回の成果はMslHの人為的な機能の改変を容易にするものであり,機能を改変したMslHを用いた多様なD-アミノ酸含有Lassoペプチドの創出を通して、新たな機能性ペプチドの開発へと発展することが期待されます。

本研究成果は,英国の電子版科学誌Nature Communicationsに掲載されます。

■研究の背景

ペプチドは,2-50個ほどのアミノ酸がつながった分子のことを指しますが,一般的にペプチドそのものには生理活性はありません。私たちが食事を摂ると,体内の消化酵素によって食品中のタンパク質がペプチドに分解され,さらにアミノ酸にまで分解されて体内に栄養源として取り込まれます。しかし,それらの中には血圧低下や抗菌作用,抗健忘作用などの生理活性を持つペプチドがあります。これらのペプチドは「機能性ペプチド」と呼ばれ,食品タンパク質を体内で分解したときに得られることがありますが,その種類は限られています。一方で,微生物や植物などの多くの生物は,自らが合成したペプチドに様々な構造変化を加えることで,多様な機能性ペプチドを生産しています。これらの微生物由来の機能性ペプチドは,通常のペプチドとは異なる立体的特性を持っており,新たな機能性ペプチドの開発素材として期待されています。特に,「Lassoペプチド」と呼ばれる一部の微生物が生産するペプチドは,名前の由来となる投げ縄構造を持つユニークな熱安定性ペプチドとして注目されています。このLassoペプチドは他のペプチドとは異なる特性を持ち,抗菌活性など様々な生理活性が報告されています。今回,研究グループはストレプトミセス属放線菌Streptomyces sp.M-271を含む幾つかの放線菌から単離されたLassoペプチドMS-271に着目しました。通常,ヒトを含めた生物のタンパク質を構成するアミノ酸はL-アミノ酸により構成されており,LassoペプチドもL-アミノ酸で構成されることが知られています。しかし,LassoペプチドMS-271はC末端にD-アミノ酸であるD-トリプトファンを含む構造を有しており,このようなD-アミノ酸を含むLassoペプチドの報告例は他にありません。D-アミノ酸を含む機能性ペプチドには抗菌活性など多様な生理活性が報告されることからも,D-アミノ酸含有Lassoペプチドは新たな機能性ペプチドの開発の糸口として期待されています。

■研究の内容・成果

LassoペプチドMS-271に含まれるD-アミノ酸は,MslHという酵素によって導入されることが知られていました。具体的には,MS-271の前駆体ペプチドであるMslAのC末端に含まれるL-トリプトファン(L-アミノ酸)が,MslHによってD-トリプトファン(D-アミノ酸)へ変換される仕組みです。今回,研究グループはX線結晶構造解析を用いて,MslHが前駆体ペプチドMslAをどのように取り込み,そしてどのようにD-アミノ酸へ変換するのかを三次元的に解明しました。これにより,MslHはD-アミノ酸含有Lassoペプチドを与える唯一無二の酵素であるものの,その立体構造は高等生物から酵母まで幅広い生物が持つカルシニューリンと非常によく一致することが分かりました。しかし,カルシニューリンは細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質脱リン酸化酵素であり,MslHとはその機能や生体内での役割が大きく異なります。つまり,MslHは独自の進化によって獲得されたユニークな酵素であり,ストレプトミセス属放線菌Streptomyces sp.M-271やその近縁種がD-アミノ酸含有Lassoペプチドを生産可能にした可能性も考えられます。

■今後への期待

今回,研究グループはMslHがMS-271の前駆体ペプチドであるMslAを受け入れる仕組みを明らかにしました。天然資源としてはMS-271だけがD-アミノ酸含有Lassoペプチドとして報告されていますが,今後はMslHを人為的に改変することで,天然には存在しない多様なD-アミノ酸含有Lassoペプチドの創出が可能になることが期待されます。そして,これにより,新たな機能性ペプチドの開発へと発展することが期待されます。また,MslHの特異的な進化によってD-アミノ酸含有Lassoペプチドの生産が可能になったという知見は,生物学や生物技術の分野においても非常に重要な発見です。これにより,微生物が持つ独自の酵素による機能性ペプチドの生成メカニズムを理解することができ,今後の医薬品やバイオテクノロジーの研究に寄与することが期待されます。

【論文詳細】

掲載誌:Nature Communications

論文名:Structure of lasso peptide epimerase MslH reveals metal-dependent acid/base catalytic mechanism

著者:中嶋 優, 川上 篤士, 小笠原 泰志, 真栄城 正寿, 渡慶次 学, 大利 徹, 森田 洋行

掲載日:2023年8月8日(日本時間・オンライン公開済)

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-40232-x

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2023.08.08 研究成果