研究成果

単一の制御因子を用いて 植物ステロイド成分蓄積の短期間での誘導に成功-「植物バイオものづくり」の新手法として期待-

■ ポイント

・多数の合成酵素遺伝子※1の働きを統括する司令塔役の制御因子PhERF1を園芸植物ペチュニアの葉において機能増強することで、植物ステロイド成分※2の蓄積を短期間で誘導することに成功しました。

・PhERF1とその類縁因子は、多種多様な植物成分の合成に共通する「万能」制御因子※3であると考えられます。

・「万能」制御因子を用いる手法を、さまざまな植物種に適用することで、「植物バイオものづくり※4」が推進されることが期待されます。

 

■概要

富山大学・和漢医薬学総合研究所の庄司翼教授らの研究グループは、理化学研究所と筑波大学との共同研究で、単一の制御因子(転写因子)を用いて植物ステロイド成分の蓄積を短期間で顕著に誘導することに成功しました。

複雑な化学構造をもつステロイドなどの生理活性※5を有する天然化合物は、医薬などとして広く利用されていますが、植物体内にはこれら有効成分が微量にのみ含有されています。微量植物成分の蓄積を顕著に増やすことができれば、医薬やその原料などの安定生産・供給が可能となります。

植物において天然化合物は、単純な構造の前駆体化合物※6から複数段階の酵素反応を経て合成されます。本研究では、多数の合成酵素遺伝子の働きを統括する司令塔役の制御因子PhERF1の機能を増強(過剰発現)し、100種類以上の合成酵素遺伝子の働きを覚醒(発現誘導)させることで、園芸植物ペチュニアの葉にペチュニア属植物特有のステロイド成分の蓄積を短期間(8日間)で飛躍的に増大させることに成功しました。

本研究で用いたペチュニアPhERF1の類縁因子は、ほとんど全ての双子葉植物に存在し、それぞれの植物種で特有な植物成分の合成を統括している「万能」制御因子であると考えられます。単一の万能制御因子を用いる本手法を、さまざまな植物種に適用することで、「植物バイオものづくり」が推進されることが期待されます。

本研究成果は令和5年10月31日(火)21:00(日本時間)に米国科学アカデミー紀要誌PNAS Nexus電子版に掲載されました。

 

■研究の背景

医薬など生理活性をもつ有用天然化合物は、複雑な化学構造のため、それらを効率的に有機化学合成することは困難です。また、微生物を用いた発酵生産を行うためには、全ての合成酵素遺伝子をあらかじめ見つけておかなければなりません。そのため植物にごく微量で含まれる成分の合成・蓄積を増大させる技術を開発する必要があります。これまでに合成酵素遺伝子を導入した遺伝子組換え植物が作出されてきましたが、成功例は限られていました。一方、数多くの合成酵素遺伝子を統括的にコントロールする制御因子の遺伝子組換え技術を用いた機能増強により、植物成分の蓄積を飛躍的に向上できることが、2種類の制御因子を用いて植物アントシアニン色素(花弁などの赤色や青色の色素成分)の研究で報告されています。

タバコの喫煙習慣性成分ニコチンとトマトやジャガイモなどのステロイドグリコアルカロイド成分(トマチン、ソラニンなど)は、化学構造や合成酵素遺伝子は互いに異なりますが、庄司教授らの研究グループは、構造的によく似た類縁の制御因子によって、いずれの成分もそれらの合成・蓄積がコントロールされることを、これまでに報告してきました。

(2010年10月にNHKおはよう関西、日本経済新聞などで報道、2016年5月にNHKおはよう関西、読売新聞などで報道)

外来遺伝子を植物ゲノムに安定的に挿入する遺伝子組換え技術を用いずに、外来遺伝子を短期的(一過的)に機能増強する技術は、「新しい育種技術(NBT: New Breeding Technology)」の代表的な手法として、タバコ属植物ベンサミアナタバコを用いた医療用ワクチンなどのタンパク質製剤の生産に実用されています。

本研究ではタバコやトマトで報告された制御因子のペチュニア類縁因子PhERF1を短期的に機能増強することで、多数の合成酵素遺伝子の働きを覚醒させ、植物ステロイド成分の増産に成功しました。

 

■研究の内容・成果

園芸植物ペチュニアの発芽後四週間目幼植物体の葉に、土壌細菌アグロバクテリアの感染によりPhERF1遺伝子を導入し、司令塔役の制御因子PhERF1の機能を短期的(一過的)に増強(過剰発現)※7しました。単一の制御因子であるPhERF1は、数多くの合成酵素遺伝子の働きを覚醒させることで、8日間でペチュニア属植物特有のステロイド化合物の蓄積を飛躍的に増大させました。

 

■今後の展開

本研究で用いたペチュニアPhERF1の類縁制御因子は、ほとんど全ての双子葉植物に存在し、それぞれの植物において成分の合成をコントロールしていると考えられます。本研究で確立した手法を多種多様な植物に適用することで、未知の植物成分を含むいろいろな天然化合物の植物における増産やそれら成分の合成を担う酵素遺伝子の覚醒が期待されます。

有機合成など化学的プロセスではなく、環境にもやさしい生物的プロセスで、医薬などの有用天然化合物を生産する「植物バイオものづくり」の技術として、本研究で示した単一の万能制御因子を用いた植物成分蓄積の誘導手法は有望であります。

 

【用語解説】

※1 合成酵素遺伝子:

合成酵素をコードする遺伝子。前駆体化合物から最終産物にいたる成分合成経路は多くの反応ステップにより構成される。合成酵素はおのおのの反応ステップを触媒する。

※2 植物ステロイド成分:

植物が合成するステロイド骨格をもつテルペノイド化合物。ステロイド基本骨格が様々な修飾を受け、多様な構造に変換される。生理活性をもつものが多い。

本研究において、ペチュニア属植物に特有の毒性ステロイド成分であるペチュニオリド(Petuniolide)やペチュニアステロン(Petuniasterone)の蓄積誘導に成功した。

※3 「万能」制御因子:

AP2/ERFファミリーに属する特定サブグループ(グループIXa, クレード1)の転写因子(DNA結合性タンパク質)。転写活性化因子として上流制御領域に直接結合することで合成酵素遺伝子の働きを覚醒させる。広範な双子葉植物種に存在し、それぞれの植物系統に特有の成分の合成を制御すると考えられる。ニチニチソウ(キョウチクトウ科)、タバコ(ナス科)、トマト(ナス科)、ペチュニア(ナス科)、クソニンジン(キク科)で成分合成を制御する。さらに多くの植物種において類縁因子が成分合成制御に機能するのかを検討する必要がある。

※4 植物バイオものづくり:

医薬、色素、香料、工業原料などの高付加価値な植物由来天然化合物(低分子有機化合物)を、植物細胞を用いた生物的プロセスで効率的に物質生産する技術。

従来の有機合成などの化学的プロセスではなく、環境への負荷も少ない植物や微生物を用いた生物的プロセスによる有用物質生産技術を開発する必要がある。

※5 生理活性:

化合物が生物の特定の生理的調節機能に対して作用する性質のこと。

※6 前駆体化合物:

成分合成経路の出発物質。全ての生物にみられる糖類、アミノ酸、脂質など、比較的簡単な化学構造をもつ化合物である。

※7 短期的(一過的)な遺伝子の機能増強(過剰発現):

植物感染性土壌細菌アグロバクテリアを用いて外来遺伝子を植物細胞に導入し、外来遺伝子を短期的に機能増強する技術。

次世代育種技術(「新しい育種技術(NBT: New Breeding Technology)」)の代表的な手法であり、また、ヒトへの感染性・病原性がない植物や植物感染性細菌のみを用いる安全な技術として、医療用ワクチンなどのタンパク質製剤の生産に実用されている。

 

【論文詳細】

論文名:

Induced production of specialized steroids by transcriptional reprograming in Petunia hybrida

著者:

庄司翼1,2(責任著者)、菅原聡子2、森哲哉2、小林誠2、草野都2,3,4、斉藤和季2

1 富山大学・和漢医薬学総合研究所

2 理化学研究所・環境資源科学研究センター

3 筑波大学・生命環境系

4 筑波大学・つくば機能植物イノベーション研究センター

 

掲載誌:

米国科学アカデミー紀要誌PNAS Nexus

掲載日:

2023年10月31日(火)(日本時間・オンライン公開)

DOI:

10.1093/pnasnexus/pgad326

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2023.11.01 研究成果