研究成果

植物由来化合物をヒントに開発された新物質が 膵がん治療に革新をもたらす

■概要
富山大学和漢医薬学総合研究所のSuresh Awale准教授を中心とする研究グループは、学術研究部工学系の豊岡尚樹教授、岡田卓哉助教および医学系の藤井努教授らとの共同研究において、膵がん治療の新たな可能性を開く画期的な化合物を開発しました。Awale准教授らは、薬用植物オオバンガジュツ※1(学名:Bosenbergia pandurata、ショウガ科)に含まれる化合物ニコラオイデシンC※2に着想を得て創出したNic-15※3が、化学療法剤ゲムシタビンとの併用により、薬剤耐性を克服し、膵がん腫瘍を効果的に抑制することを発見しました。
Awale研究チームは、がん細胞の生存メカニズムを標的とすることで、Nic-15がゲムシタビンの効果を劇的に高め、動物実験において膵がん腫瘍の増殖を大幅に抑制することを実証し、薬剤耐性により治療が困難な膵がんに対し、新たな治療戦略を提示しました。この革新的な研究成果は、『Journal of Medicinal Chemistry』誌に掲載され、大きな注目を集めています。

図1 研究概要図

■研究の背景
膵がんは、低生存率のがん種として知られており、多くの患者が進行期で診断されます。
膵がんの微小環境※4 は、血管が乏しく酸素や栄養が不足しているため、がん細胞は独自の生存戦略を進化させています。従来の化学療法剤は、栄養豊富な環境で急速に分裂するがん細胞を標的とするため、微小環境における膵がん腫瘍に対して必ずしも有効ではありません。

Suresh Awale 准教授らの研究グループは、がん細胞が栄養不足の厳しい環境でも生き残るために使う特別な能力を阻害することで、従来の化学療法剤との併用において、極めて効果的な治療戦略を開発しました。膵がんの微小環境に作用するNic-15 は、健康な正常細胞にはほとんど影響を与えず、より効果的にがんを治療できる可能性を秘めています 「図1」。

図2オオバンガジュツ(学名:Bosenbergia pandurata, ショウガ科)

■主な成果
革新的な治療法:植物由来化合物ニコラオイデシンC の誘導体であるNic-15 が、膵がん治療におけるゲムシタビンの効果を向上させます。
耐性克服:Nic-15 とゲムシタビンの併用により、がん細胞の生存経路を阻害し、化学療法耐性を低下させます。
顕著な結果:前臨床試験で、この併用療法による腫瘍増殖の抑制効果が確認されました。

本研究成果の実用化に向け、製薬企業との共同研究を積極的に推進してまいります。Nic-15 を基盤とした革新的な抗がん剤の早期開発を目指し、臨床試験の実施と、膵がん患者さんの命を救うことに貢献してまいります。

【用語解説】
※1 オオバンガジュツ(学名:Bosenbergia pandurata)「図2」は、東南アジア原産のショウガ科に属する多年草で、古くからベトナム、タイやインドネシアなどでは民間療法として利用されてきた。
※2 ニコラオイデシンC
東南アジア原産の植物オオバンガジュツ(Bosenbergia pandurata)に含まれる化合物のひとつで、その構造と生理活性が注目を集めている。特に抗腫瘍作用に関する研究が進展しており、膵がんに対する効果が期待されている。しかし、植物中に微量にしか存在しない希少成分であり、詳細な研究を行うためには、化学合成による供給が強く望まれている。
※3 Nic-15
ニコラオイデシンC の構造をヒントに、有機合成化学を駆使して新しい抗がん剤候補「Nic-15」を開発した。この化合物は、がん細胞、特に栄養が乏しいがん細胞に対して強い細胞毒性を持つことが判明した。

※4 膵がんの微小環境
膵臓腫瘍の微小環境は、血液供給が乏しく栄養不足の状態であり、がん細胞が「austerity」と呼ばれる現象によってこの栄養欠乏に適応することで、この環境下においても膵がん細胞が生存しかつ悪性度も高まっている。したがって、従来の化学療法剤であるゲムシタビンなどの効果が低下し、治療抵抗性の一因となっている。

【論文詳細】
論文名:
Targeting Pancreatic Cancer with Novel Nicolaioidesin C Derivatives: Molecular Mechanism,
In Vitro, and In Vivo Evaluations

著者:
Takeyoshi Yamazaki1,2,Nguyen Duy Phan1,2, Juthamart Maneenet1, Mitsuki Yamagishi3, Yuya Nishikawa4, Takuya Okada3,4,5, Tomoyuki Okumura2, Naoki Toyooka3,4,5, Tsutomu Fujii2, and Suresh Awale1

1 Natural Drug Discovery Laboratory, Institute of Natural Medicine, University of Toyama, 2630
Sugitani, Toyama 930-0194, Japan
2 Department of Surgery and Science, Graduate School of Medicine and Pharmaceutical
Sciences, University of Toyama, Toyama 930-0194, Japan
3 Graduate School of Pharma-Medical Sciences, University of Toyama, Toyama
930-8555, Japan.
4 Graduate School of Science and Engineering, University of Toyama, Toyama 930-8555, Japan
5 Faculty of Engineering, University of Toyama, Toyama 930-8555, Japan

掲載誌:
Journal of Medicinal Chemistry
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.4c01141

 

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2024.08.20 研究成果