ヒガンバナアルカロイド生合成中間体メチル化酵素の生成物特異性に関わる機構を解明
■ 概要
ガランタミンなどのヒガンバナアルカロイドの生合成において,ノルベラジンのp位のメチル化を担うメチル化酵素の中には,p位よりもm位へのメチル化も優先的に行う酵素が存在します。しかし,ノルベラジンのm位へのメチル化だけを行う酵素は報告されていません。富山大学・和漢医薬学総合研究所の森田洋行教授らの研究グループは,3種のノルベラジンメチル化酵素の結晶構造を取得し,詳細に解析することで,そのメチル化選択性を制御しているメカニズムを世界で初めて明らかにしました。さらにこの酵素の一つに変異を導入することで,m位へのメチル化だけを行うことができる新たな酵素の創出に成功しました。今回の成果は稀少ヒガンバナアルカロイドの生産を容易することに加え,新たなヒガンバナアルカロイドの開発へと発展することが期待されます。本研究成果は,英国の電子版科学誌ACS Catalysisに 2024 年 7 月 25 日(木)(日本時間)に掲載されました。
■研究の背景
ヒガンバナアルカロイドは主としてヒガンバナが生産する様々な形をもったアルカロイドです。アルツハイマー治療薬として用いられているガランタミンはこの部類に入ります。ガランタミン以外にも,このヒガンバナアルカロイドには医薬品として興味深い生物活性を示すものが多数含まれています。植物においては,これらの多くはノルベラジンのp位がメチル化された後に作られます。一方で,ヒガンバナアルカロイドの中には,報告例は極めて少ないものの,強い抗がん活性が報告されているシュードリコリンのように,ノルベラジンのm位がメチル化された後に作られることが想定されているアルカロイドも含まれています。しかし,これらのアルカロイドは稀少アルカロイドであり,医薬品として興味深い生物活性があることが多分に予想されながらも十分な活性評価が行われていません。これらの稀少アルカロイドの生物活性を詳細に検討していくことは,医薬品として有望な新たなヒガンバナアルカロイドの発見に繋がることが期待されます。
今回,研究グループは,ヒガンバナ属に由来する2種のノルベラジンメチル化酵素とラッパスイセンに由来する1種のノルベラジンメチル化酵素に着目しました。ヒガンバナ属に由来する2種のノルベラジンメチル化酵素は,ノルベラジンのp位よりもm位へのメチル化もやや優先的に行います。一方で,ラッパスイセンに由来する1種のノルベラジンメチル化酵素はm位へのメチル化はほぼ行いません。これらのメチル化特性に関わる酵素のメカニズムを解き明かし,m位へのメチル化だけを行うことができるようにノルベラジンメチル化酵素の機能を改変することができれば,稀少アルカロイドの効率的な酵素合成が可能になることが期待されます。
■研究の内容・成果
研究グループは,3種のノルベラジンメチル化酵素のX線結晶構造を解明しました。これにより,様々なメチル化酵素が既に報告されていますが,これらの酵素とは違い,ノルベラジンメチル化酵素には,ノルベラジンを結合するために重要な独特なポケットを有していることが明らかになりました。さらに,ノルベラジンメチル化酵素は,ノルベラジンの結合において,その構造の一点への相互作用の強弱を変化させることによって,p位とm位へのメチル化の優先性を決定していることを三次元的に解明しました。具体的には,ノルベラジンの一点への相互作用が強いとp位への優先性を高め,逆に弱いとm位への優先性を高めることが判明しました。また,酵素の結晶構造に基づき変異を導入することで,m位へのメチル化だけを行う酵素の開発に成功しました。
■今後への期待
ノルベラジンのm位へのメチル化だけを行う天然にはないノルベラジンメチル化酵素の開発に成功したことにより,シュードリコリンのような稀少アルカロイドの前駆体の酵素合成が可能になりました。今後,その後の閉環反応を担う酵素についても検討していくことが必要ですが,これにより,これらの稀少アルカロイドのみならず,新たな生物活性ヒガンバナアルカロイドの開発へと発展することが期待されます。
【論文詳細】
Structure-based catalytic mechanism of Amaryllidaceae O‑methyltransferases.
Hnin Saw Yu Yu,中嶋 優, 児玉 猛,森田 洋行
ACS catalysis,14, 11865−11880 (2024)
https://doi.org/10.1021/acscatal.4c03305
2024.08.23 研究成果