研究成果

薬用植物を活用したバイオ医薬品生産の新展開
―30種の新たなホスト植物候補を発見―

■ ポイント

・ワクチンや抗体医薬などのタンパク質製剤の生産に、タバコ属植物(ベンサミアナタバコ)がホスト植物として用いられている。

・富山大学薬学部附属薬用植物園のコレクションを活用し、127種(60科127属)の植物をスクリーニングした結果、そのうち30種(14科30属)で緑色蛍光タンパク質(GFP) ※1)の発現に成功した。

・タンパク質を発現した植物種は、バイオ医薬品や天然物生産の新たなホスト植物としての利用の可能性がある。

■ 概要

富山大学学術研究部薬学・和漢系の庄司翼教授と李貞範講師の研究グループは、筑波大学生命環境学系の三浦謙治教授との共同研究で、ワクチンや抗体医薬などのタンパク質製剤の生産に利用可能な新たな植物ホストの探索を目的として、本学薬学部附属薬用植物園のコレクションを活用したスクリーニングを実施しました。

従来、タバコ属植物(ベンサミアナタバコ)がホスト植物として主に用いられてきましたが、本研究では薬用植物園で栽培されている植物を中心とした127種(60科127属)の植物を対象に検討を行い、30種(14科30属)において、GFP(緑色蛍光タンパク質)の発現に成功しました。

これらの植物は、バイオ医薬品や有用天然物の生産における新たなホスト植物としての有用性が期待されます。今後は、これら植物のさらなる応用可能性の検討が進められます。

本研究成果は、Springer-Nature社の国際学術誌「Plant Cell Reports」に 2025 年 11 月 4日(火)(日本時間)に掲載されました。

■研究の背景

アグロインフィルトレーション※2)法は、植物の葉にアグロバクテリウムの菌液を注入することで、遺伝子を一過的に発現※3)させる技術であり、抗体医薬やワクチンなどのタンパク質生産、さらには植物バイオの基礎研究など、さまざまな用途に利用されています。これまでの研究はタバコ属のベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana※4)を中心に行われてきましたが、それ以外の植物での応用例は限られていました。

今回の研究では、非モデル植物へのアグロインフィルトレーションの適用拡大を目指しました。薬用植物※5)の多様な代謝特性を活かし、種特異的な代謝経路の解明や希少な天然化合物の合成に向けた基盤技術として期待されます。

■研究の内容・成果

富山大学薬学部附属薬用植物園が保有する約2,000種の植物から、シリンジによる簡便な水注入テストを経たのち127種の植物を選抜しました。選抜植物に対して、ベクター「pTKB3-EGFP」※6)を用いてアグロバクテリウム(GV3101またはEHA105株)による一過的なGFP発現を試みました。

結果として、30種(9目・14科・30属)の広範な双子葉植物で明確なGFP蛍光を確認しました。特に、ヒヨス、ルッコラ、エビスグサ、ドウカンソウ、ベニバナ、ルバーブなどでは従来のベンサミアナタバコに匹敵しうる高レベルの発現が見られました。

また、従来型ベクター(pRI201-AN-EGFP)と比較して、pTKB3ベクターは数倍から最大300倍ほどのタンパク質発現量を示し、その高い汎用性が証明されました。ウエスタン解析およびSDS-PAGE解析により、EGFPの蓄積が複数種で明確に検出されました。

本研究は、スクリーニングに用いた植物種の多様性と、使用したベクターの高い汎用性という点で、これまでに類を見ない先駆的な試みであるといえます。

■今後の展開

本研究により、アグロインフィルトレーションが非モデル植物にも広く適用可能であることが示されました。特に、薬用植物の中には高い発現効率を示す種が存在し、今後はこれらを活用した高機能タンパク質の生産や医薬品原料の合成など、多岐にわたる応用が期待されます。さらに、既存のモデル植物では発現が難しい種特異的な代謝経路にも対応できることから、ホスト植物の多様化は、有用天然化合物の効率的な生産技術の基盤となると考えられます。

【用語解説】

※1)緑色蛍光タンパク質(GFP)

クラゲから発見されたタンパク質で、紫外線や青色光を当てると緑色に光る。遺伝子が正しく発現したかを視覚的に確認できるため、バイオ研究で広く使われる。

 ※2)アグロインフィルトレーション

植物の葉にアグロバクテリウム(学名:Agrobacterium tumefaciens)という土壌細菌を注入し、その中に導入した遺伝子を植物細胞内で一時的に発現させる技術。ワクチンや抗体などのタンパク質を短期間で植物中に生産できる。

 ※3)一過的に発現(Transient Expression)

導入した遺伝子が植物体内で一時的に発現し、数日間にわたって目的のタンパク質を産生する方法。長期間の安定発現とは異なり、迅速な検証が可能。

 ※4)ベンサミアナタバコ(学名:Nicotiana benthamiana

タバコ属の植物で、植物バイオテクノロジー研究のモデル植物。アグロバクテリウムに対する感受性が高く、遺伝子導入が容易であるため、タンパク質発現実験のスタンダードとして広く利用されている。

 ※5)薬用植物

伝統的に医薬品の原料として使われてきた植物。多くは特有の代謝経路を持ち、有効成分(アルカロイド、フラボノイド、ステロイドなど)を生産する能力がある。

 ※6)ベクター「pTKB3-EGFP」

本研究で用いられた改良型の遺伝子発現ベクター。ウイルス由来の複製機構を取り入れ、植物細胞内でのタンパク質発現を効率的に行うことができる。

【論文詳細】

論文名:

A Versatile Agroinfiltration Platform for Transient Gene Expression Across Medicinal and Phylogenetically Diverse Eudicot Plants

著者:

庄司翼 1(責任著者)、李貞範2、三浦謙治3

1.富山大学・和漢医薬学総合研究所

2.富山大学・学術研究部薬学・和漢系(薬学)

3.筑波大学・生命環境学系

 

掲載誌:

Springer-Nature社刊行の植物科学分野の国際学術誌

「Plant Cell Reports」(インパクトファクターは5.3)

 

DOI:https://link.springer.com/article/10.1007/s00299-025-03653-0

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2025.11.06 研究成果